anime45の日記

45歳になっても中途半端なアニメオタクのまま


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原作とアニメどちらが面白いのかと考えてみたがそのどちらでもないことだと結果思った

ここ最近改めて思う事がある。

アニメ化されたコミック。

面白いのはアニメ版か原作か、である。

正に愚なる問いであるが、永遠のテーマではないやろか?(そうか?とかどうでもええわという意見もちらほら)


昔は今ほど深夜アニメが多くなかった。
今の深夜アニメは視聴率よりもDVD/ブルーレイや関連グッズによる収益を主眼に置いている。
特に昔と違うんがメディア関連の収益。DVD/ブルーレイ、ネット配信なんか。
アニメのソフトが高ぇんは収益を上げる為もあるやろ。
話数も大概2話収録、ちょっと特典付位で7,000円ほど。洋画ソフトの1.5から2倍位。貧乏人に新品は手が出んよ。

でも、今はまだましやなと感じる。昔はVHSソフトが1万数千円しとったからな。しかもレンタルなんか殆どあらへん。


何時の時代か?

そう、約30年ぐらい前の話やけど!Σ( ̄□ ̄;)

今はリセール、割引販売、オークション、レンタル、ネット配信と色んな視聴方法がある。

昔はなんとかしてリアルタイムで見るか、(もっとったら)ビデオ録画しかなかったな。

実際平日のゴールデンタイムに沢山アニメが放送しとったよ。

「日本昔ばなし」「うる星やつら」「バイファム」「パタリロ」勿論ドラえもんも。

 

大体、7時から8時には結構アニメ枠があったし、平日の5時前後も再放送も含めアニメ放送しとった。

恐らく、週間本数は今のほうが圧倒的に多い気がするが、その多くが深夜帯。サラリーマンが毎日リアルタイムに観るんはかなり酷やで。
 

そろそろ話を戻すが、その放送されとったアニメも原作が「マンガ」いうんが多数あったし、アニメから原作に入ってくのは今とおんなじ。

原作を知っとったりすると、よく「声が違う」とか
「顔が変」など原作のイメージとのギャップについて話したな。

当時はネットとか無かったんで基本みんなTV命!情報もTVが一番多かったしね。

んで、その中でアニメから原作を知った作品の中にさっきも出たけど「うる星やつら」がある。

うる星やつら」はご存知高橋留美子先生の代表作。今も「境界の輪廻」を連載するなどまだまだ少年誌の第一線におるんも凄いし、それが女性作家っていうのもね。
で、アニメで知った「うる星やつら」の単行本を手に取ってみると、第1巻の絵柄の違いに衝撃を受けましたわ。ほぼ劇画ではないかと。
アニメのキャラクターの雰囲気はもう大分連載からたっていた時の作風に似ている。つまり、原作も大分絵柄が変わってるってことなんだけど、それはどの作家さん、作品もおんなじやしね。

 

 初期のラムちゃん

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いつの間にかこんなに可愛く

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大人になったラムちゃん

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うる星やつら」は1981年10月14日から1986年3月19日まで放送された。約4年半。218話で放送時間は水曜日の午後7時半から8時まで。様々な要因から原作が終わる1年ほど前に放送は終了したが今では考えられん長期の放送ではないか。

そりゃ、「ドラえもん」や「サザエさん」、「ちびまるこちゃん」のような今も生き残っている長寿番組もあるが、どれもファミリーで安心して観れるもんばっかり。

ラムちゃんのように常に水着?でエロシーンも出てくる作品がこんだけ長く続くのは当時ならではか。ポロリもあるしね。
ただ、当時の他の作品もそうやったけど、原作に忠実に作れば作るほどアニメが原作に追いついちゃう。大体、15分のアニメ分が週刊誌連載1回分ぐらいやから倍のスピードで消化されるんや。どこかでオリジナルストーリーを作らなくちゃならなくなる。最近でも「名探偵コナン」も原作にない事件やストーリーがあるけど、正直原作に比べ面白みに欠けるなと感じるけどね。

んで、「うる星やつら」では原作ではないキャラがサブキャラで出てくる。そおう、メガネ、パーマ、カクガリ、チビの4人組である。原作には似たキャラは出てくるが、決して全編に出てくるキャラではないが、この4人、テレビシリーズでは結構なポイントで出てきて活躍するのだ。

映画も実は6本も制作されているが、やはり伝説的作品「うる星やつら ビューティフルドリーマー」が代表作ではないんやろか。ちょっと前にBD化されてたしね。押井守監督の出世作ではないかと。

もう、これが上映されたときの同時上映が吉川晃司主演デビュー作、大森一樹監督の「すかんぴんうぉーく」。当時オイラが劇場に見に行ったとき、立ち見や通路に座るんは勿論やったほど沢山の人が見に来とった。早い時間からあまりの入場者だったため、劇場側が取り敢えず「すかんぴんうぉーく」を約30分以上前から上映はじめ、その後、「うる星やつら」が始まると会場からは拍手喝采が上がったんや。みんな「うる星やつら」観に来たんやなと感じた瞬間やった。
当時は多くの映画が2本上映で指定席は無し、入場制限も基本なし、料金は1500円(大人)ぐらい?もう少し安かったかな。入替え制もなかったんで朝から晩まで観とっても何も言われんかった。今では考えられんけど。

この「うる星やつら ビューティフルドリーマー」はひとつの映画として完成してるように、今思えば感じる。つまり、原作の域を全く超えているんや。
他の「うる星やつら」映画はどちらかといえば原作色が強いストーリーやったが、「うる星やつら ビューティフルドリーマー」は違った。だから逆に思い切った作品ができたんではないかと感じる。

そして思ったのが「うる星やつら」に関しては、原作が面白いとかアニメがどうととかというより、それぞれが独立した作品でありどちらも素晴らしい作品であると思ったんや。

中には原作の設定だけ、ひどい時は主人公の設定だけ原作から引用し、後はほとんど別物にしてしまうような作品が昔はあった中で、「うる星やつら」はファン層がある程度限られた中でありながらアニメとして確立できた数少ない作品ではないんではなかろう。

高橋留美子先生の作品に限ればその後も「めぞん一刻」「らんま1/2」がアニメ化されそれぞれヒットしている。その当時から同じようにアニメ化でヒットを出したのが「Drスランプ」「ドラゴンボール」の鳥山明先生か。「ドラゴンボール」はまだ原作に入実に再現されているし、アニメ化で誰でもが楽しめる作品になったんではないかな。

当時は一度アニメ化されると少なくても1年ぐらいは放送されとったが、今は、深夜アニメの1クールもしくは2クールで12~13話で終了することが前提でアニメ化されている。その為、原作のボリュームにもよるが、ほぼ原作通りのストーリーで制作できる。一方で、どうしても中途半端なところで終わらせないといけないため、原作と違うストーリーで終われせるケースもある。

原作とアニメどちらが面白いのか?と素直に疑問に感じたのが実はつい最近の2作品からやった。

まずは「蒼き鋼のアルペジオ」。
これも、アニメから原作を知ったんやけど、原作者のArk Performance(アーク・パフォーマンス)の作品は「月刊ガンダムエース ギレン暗殺計画」でも見たことはあったんで、ああ、この人なんかと。どうりで見覚えがある作画。
原作を読もうと思ったきっかけは、アマゾンの評価コメントで「原作は硬派」とあったから。

んで読んでみた。まず感じたのがキャラクターの個性全く違うし。イオナはクールで無表情やけどアニメほど萌え系じゃない。逆にそれがいい感じやった。群像もアニメほど美少年じゃないけど人間味あり、作戦の思い切りがこっちんがいい。他のメンタルモデルもアニメとは全然違うんね。

アニメ版もある程度は原作に沿ってスタートしとったけど、完結編である映画版では何故かイオナがアルティメット化?してしもた。その他設定も違う意味で唸らせられてしもた。

うぅ~ん。

映画観ながら原作のほうが・・・と何度思ったことか。原作に適わなくてももう少し・・・何とか・・・。
えっ?千早翔像そんなことなん?

個人的には納得できない流れで、なんとなく無理やり物語を終わらせようというストーリーになってる感が否めん。

アニメはアニメであり、原作とは独立した作品であるべきと理解はしているが。そういう意味ではTVシリーズは良かったかなと。
アニメ版は群像に関わることでヒト化するメンタルモデルのを中心に描いていたのだろうか。イオナ、タカオから始まり、最後はコンゴウまでが群像のために戦うようになるとは。
原作でもメンタルモデルの人間日かぞうこうとする心理的変化や人間社会に溶け込もうとする動きも描かれているが、アニメ版のように群像のため、ではなく、興味本位によるデータ集めの一環であったり、また自立した個体としての面があった。そんな中で、群像や他の人間と関わることで少しずつ変化していく姿を描いている。タカオはその中でも感情を直接的に表現してるね。

原作は時間をかけて物語の中でメンタルモデルの変化を描くことが出来たが、アニメは1クールの中で表現しなければならない。できれば説明的表現を使わずに。そうすると、ある程度テーマを決めて物語を展開せざるを得ないのだろう。
結果として、「蒼き鋼のアルペジオ」ではなく「蒼き鋼のアルペジオ アルス・ノヴァー」になったんだろう。群像の物語ではなくメンタルモデルたちの変化と苦悩を中心に描いているのがアニメ版ではないか。

原作に手を出さなければそれで終わっていたんかもしれんが、原作に手を出してしまったがゆえに「蒼き鋼のアルペジオ」と「蒼き鋼のアルペジオ アルス・ノヴァー」を比較してしまった。
これが正しいかどうかはわからんが、同じ作品から2つのモノが産み出された。つまり、コミックとアニメ。

そしてオイラはコミックを受け入れてしまい、同じモノとしてアニメ版を比較したことで、アニメと原作はどちらが面白いのか?と思ってしまった。


もう一つ同じ時期に原作とアニメを比較してしまった作品がある。「がっこうぐらし」がそれである。

放映当時、第1話の衝撃的展開が話題になり、それでオイラもまずアニメから手を出してしまったんやが、そのダークファンタジー的設定に、「原作がどうんなんか」と興味を持ってしまった。これがケチの付け始め?

結果、原作に引き込まれてしまったのは「「蒼き鋼のアルペジオ」と同じなんやけど、アニメ版についてはこれはこれで、という気持ちにはなっとった。

アニメ版は原作に比べ、ほのぼの学園生活部の様子が中心やった。中盤はあまり大きな事件も起こらず、異常な日常のほぼのとしたお話が多かったし、原作に比べりーさんはずっと優しかった。
物語も原作の1巻から5巻までを描いていて、多少脚色もあったり、オリジナルストーリーもあったりで、ある程度は独立した作品やったと思う。

原作が今現在7巻までなんで、この先セカンドシーズンがあるかどうか微妙ではあるが、原作の存在を広く認知してもらえたという意味ではかなり貢献度が高い作品やった。そういう意味ではアニメ版の存在は大きかったし、内容も決して原作と大きく乖離することなくいい部分を残しつつ独立した作品になったと思う。

これ以上にアニメ化で知名度を上げたのが「進撃の巨人」じゃないだろうか。原作は圧倒的な作画という面もあるが、アニメ化によりビジュアル面では多くの人に受け入れやすくなったし、アニメ版リヴァイの存在が腐女子にもウケたのか、キャラクターの存在が作品の知名度アップに大きく貢献したように思う。

正直ここまで大ヒットするとは思わんかったがアニメ化が成功した良い例やな。
様々な要因が良い方向にむいたんやろう。
主題歌、キャラクターの明確化、巨人の気持ち悪さ、独特な世界観、残酷な世界。

原作の世界観を損なわず忠実に、そして、アニメ化で視覚に訴えかけるような映像化になったんではないやろか。


原作はまだまだ連載中であり、アニメ版も謎を残したまま終わっているんで、その内secondシーズンがあると思うが、なにせ、がっこうぐらしもそうやけど、月刊誌はなかなか進まん。

じっとして待つしかない。


原作に忠実という意味で上手く映像化出来とったんか「鋼の錬金術師」だったんではないか。
多少の脚色なや設定の変更はあったものの、ほぼ原作通りのストーリーで、最終回は連載とアニメ放送がほぼ同時というなかなかお目にかかれない作品やった。
しかし、どちらが足りないというような事を感じさせない出来やった。
全64話という、なかなかの長い作品やったけど、内外の評価も高く、今でも見たくなる。コミックも全巻揃えとるしね。納得の一冊ですわ!

 

結局のところ原作とアニメどちらが面白いかは個人の好みなんやと思う。結局のところ。
どちらがよくてどちらがダメというわけじゃないし、原作がイマイチでもアニメ化された事で原作にも影響があることも。
それぞれに相乗効果もある。

商業的に見れば原作はアニメ化により、テレビやネット、アニメ雑誌や主題歌などの音楽、そして2次同人作品を通じて広く知れ渡ることになり、結果原作本も売上アップする。

アニメ制作側はグッズやDVDなどのメディアの収益を得られる。当然といえば当然やけどそれぞれの利益になる。

多くのアニメが制作されればアニメ制作会社やそこで働くアニメーター、関連会社や下請けなども仕事を得られるし、主題歌を歌うアニソン歌手もどんどん新曲を出せる。声優も今では確固たる地位を得ていて、まるでアイドルと同じ扱い。昔では考えられん。
そして、次々と才能ある人材が集まるようになる。
巷ではきつい仕事で安月給でブラック業界と言われるが、夢を見てきている人も多いやろし、好きなことで生活できると思っている人もいるやろう。
それに、一部で言われるような超安月給でもなく、大抵は普通の収入を得ているとも言われているんで、あまりマイナス面だけ見ないでいただきたいもの。


ただ、これからのアニメ化された作品は、ただ単に原作をPRするためのツールとして終わってしまうのか、アニメ化が独立した作品として確立できるか、そんな見方もしながら冬アニメを見たいなと思う今日このごろである。